2017年6月25日日曜日

先週(6/18)の講壇

父の日聖日礼拝

  「夫として父として」       

創世記81520



 綾 康輔 牧師

 神様が洪水を起こすための大雨は4040夜降り続けました。更に150日掛けて水かさが増し、その水が引いて渇き始めるまで更に150日を必要としました。更にそれから57日後に神様は箱舟から出る様に命じられました。箱舟の中は決して快適な空間ではありませんでした。動物の尿や糞など、においも臭かったでしょうし、動物たちの鳴く音もうるさかった事です。外に出たくても出る事が出来ない状況の中で一年も過ごしていたのです。
 しかし、彼らは乾ききった地に再び足を下ろした時に、はしゃぎ回って自由を満喫するよりも、祭壇を築き全焼のいけにえを捧げたのです。今で言う所の礼拝を神様の前に捧げたのです。その姿にノアとその家族が神様と共に歩む姿が映し出されているのです。
 父の日の今日は、一家の主として主を信じる家族は更なる恵みを味わうと共に、まだ一家の主が主を信じない家庭においては、更に主のものと変えられる様、執り成しを強化していく事をお勧め致します。そして、これまで以上に神様の祝福と恵みを味わう事が出来る様に、今日のノアの様に、また「私と私の家とは、主に仕える。」と告白したヨシュアの様な、祝福と恵みに預かる様に邁進しましょう。(要約)

2017年6月22日木曜日

いろいろな相談お聞きします

 
 
6月11日に「司法書士による身近な法律相談」を行いました。
 


 
 

教会ではいろいろな相談をお聞きします。

 

一人で悩まずにどうぞご相談ください。

まず、電話、FAX、メールでおたずねください。


2017年6月18日日曜日

先週(6/11)の講壇




「どんなに人の罪が重くても」  

創世記6章1~8節



 綾 康輔 牧師
 
 ノアの時代に人の罪が深まる一方でした。それで、神様は人の寿命を120年に定められました。それは、ただ単純に120年位で良いだろうと言うものではなく、神様が警告を出されてから洪水が起こるまでの120年だったのです。その間にノアとその家族は大きな箱舟を作ったのです。当時は今の様な便利な工具があった訳でもありません。それで、120年も掛ったのです。
 神様は当時の人々の堕落した様子をご覧になられて、悔やまれたと記録されています。それは、私達人間が神様の引き裂かれる様な心の痛みを知る為に擬人化して記録されたのです。それ故に、人を造った事に対する神様のご計画の誤りであったとは決して言えないのです。神様が天地万物をお造りになられ、非常に良かったと語られたのは、間違いのない事だったのです。
 その中でも、神様はノアの箱舟を作らせ、義人を救おうとされたのです。それは、正に今の新約の時代のイエス様の十字架による救いを予表していたのです。それ故に、私達はイエスキリストを主と告白する者は、救いを受ける事が出来るのです。そして、その方法は心の戸をノックしている音に応答し、心の戸を開ける事です。それによって、イエス様は私達の心の中に入って来て下さるのです。神様の救いはその様にして憐れみと慈しみに満ちているのです。(要約)

2017年6月16日金曜日

先週(6/4)の講壇




「ペンテコステを覚えて」 

ヨエル書2章28~32節



 綾 康輔 牧師
 
 神様は私達を造られた時に、肉体を維持するための物質を備えて下さった事に関して創世記を通して見て来ました。しかし、神様は物質だけに留まる事をせずに、霊的な祝福をも与えて下さるお方であると言う事が出来ます。今日の本文を見ると、その後に全ての人に霊を注ぐと預言されていたのです。そして、それが今から二千年前に聖霊が降臨したペンテコステの時だったのです。その時から教会が始まったのです。また、その預言は分け隔てする事無く、全ての人に霊を注ぐと言う約束でした。また、それは同時に人間に与えられる救いをも表しているのです。
今日の本文には、イエス様のご再臨の直前に様々な艱難(かんなん)が起きる事を預言しています。正にあのエジプトに起きた十の災いを連想させるものでした。
 これからは、世界戦争、世界恐慌、天変地異、など終末に向かう前兆が強くなっていく事が予想されます。しかし、その中でも主を呼び求める者は救われると言う御言葉が発揮するのです。そして、今日ペンテコステの聖日を迎えて、私達に聖霊を遣わして下さった恵みを覚え、同時に毎回の礼拝の中で主のご臨在を求めて歩む、お互いとなる様に祈り備えていき、聖霊様によって日々造り変えられる事を主に期待致しましょう。(要約)

2017年6月4日日曜日

先週(5/28)の講壇


「教会、神様の知恵を知らせる通路」 

エペソ人への手紙3章1~13節

 豊山 カヨ 牧師
 
 神様は私達を呼んで神の御国を広げる為に働き人として用いられるお方です。パウロは自分自身の事を神様の奥義を悟った者として異邦人に福音を伝える働き人として神が立てて下さったと言っています。牢に監禁されていたパウロは、聖霊によってキリストの奥義、即ち、福音を通して異邦人が契約の民となった事実を悟ります。パウロはこれを「キリストの奥義」と言いました。つまり、キリストにあって異邦人がユダヤ人と「共同の相続者」となり、「ともに一つのからだに連なり」、「ともに約束にあずかる者」になったのです。イエス様の十字架を通して全ての差別はなくなり、神の国が驚く程広がり、「キリストの測りがたい富」が伝えられたのです。
 パウロは牢に繋がれていたけれど環境に縛られず、自分がキリストの働きの為に「キリスト・イエスの囚人となった。」と確信していました。そして、彼が神の働き人としてこの様に偉大な使命を成し遂げるようになったのは、決して、自分の力によったのではなく「神の力の働きにより、」「神の恵みの賜物によって、」と言う事を深く認識していました。
 パウロが自分の働きを通して教会に「神の豊かな知恵が示される」事を確信しているのを見て私達が得られる事は何でしょうか?教会は神様の知恵を知らせる通路であり、全ての人がキリストを信じ神様の御前に出るようにする事です。
 私達もキリストの体の各部分として主から与えられた賜物を用いてどんなに小さい事も主が導いて下さった事を悟り、謙遜に仕える神の働き人となります様に互いに励まし合いながら歩みたいものです。(要約)

2017年6月1日木曜日

《6月度聖句》


これはノアの歴史である。ノアは、正しい人であって、その時代にあっても、全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。        

<創世記6章9節>

2017年5月28日日曜日

先週(5/21)の講壇


罪は憎むが人は愛する主」    創世記31621

 綾 康輔 牧師

 アダムとエバによって人類に罪が入って来て以来、この地上にいる限りは常に罪との戦いの連続です。聖書もその事ははっきりと語っています。御霊の思いと肉の思い(罪の性質)とは、決して相いれない事を明らかにしています。
 旧約聖書の中では、神様の聖さと厳しさが如実に表されています。そして、アダムとエバ以来の罪に対しては、神様は徹底的に憎まれ、聖絶と言う神様の裁きが徹底的になされると言う厳しい面も旧約聖書は赤裸々に記録しています。
 しかし、アダムとエバに対して皮の衣を着せられた神様は、動物の血が流される方法を通して、罪に対する解決方法を示されたのです。それは、新約時代になされるイエス様の十字架での血を象徴していたのです。そこに神様が罪を忌み嫌われるが、人を愛される姿が現されているのです。
 私達は、聖書をある所だけを偏って見る事を避けなければなりません。罪に対して厳しい面と、イエス様の十字架に現わされた愛の神様の、両方を捉えて読んでいく必要があるのです。今日から始まる一週間もその神様を覚えましょう。 (要約)

2017年5月21日日曜日

先週(5/14)の講壇

 
エバに見る母像」              創世記21824

 綾 康輔 牧師

 今日は母の日礼拝として人類初の母となったエバを通して見ていきます。エバはそもそもアダムの助け手として造られました。そして、アダムと夫婦の関係を通してカインと言う息子を産みます。人類初の母となったのです。
 それは、アダムのあばら骨から造られました。それは、神様の御心の中で造られました。アダムは「私の骨からの骨。私の肉からの肉」と絶賛しました。
 そして、ここで神様が夫婦と言うものを制定されたのです。そして、それを通して子孫が増え広がって行くのです。母は偉大な存在です。それは、子どもを生きるか死ぬかの戦いに末に産みだし、その後も子育てで大きな苦労をします。また、反抗期、受験、結婚と子どもの為に色々な悩みを持つのです。
 今日、母の日礼拝を通して、母に対する感謝の気持ちを現していく事が出来ればどれ程幸いでしょうか。知恵の王であったソロモンも、「あなたの父母を喜ばせ、あなたを産んだ母を楽しませよ。」と記録しました。それは、神様の御心にかなっているからです。(要約)

2017年5月14日日曜日

先週(5/7)の講壇



創造に現わされた神の愛」          創世記12631

 綾 康輔 牧師
 
 神様は人を造ろうとされた時、三位一体の神様に似せて造る事をご計画されました。それは、姿形が似ているのではなく、霊的な存在として造ろうと言う事でした。それは、神様と交わりが出来る様に神様と同じ霊的な存在として造られたのです。そして、神様は人が増え広がる様に、男と女とに分けて造られました。それはキリストと教会の関係を象徴したものであると御言葉は強調します。その関係が夫婦に例えられているのです。夫婦の関係を通しても愛を学ぶ事が出来ます。
 更に神様は人を全ての生き物を支配する権威を与えられました。そして、人がそれらの管理者として歩む事が出来る様に、植物と木の実を備えられました。今考えると、自然食品としてこだわりを持つ人がありますが、正に神様は動物性油ではなく、菜食を備えて下さっていたのです。
 その様にして神様は人が霊を持った存在として、神様と交わりが出来る様にして下さり、それだけではなく人が全ての生き物を支配出来る様に、必要なものを備えて下さったのです。聖書の初めから、聖書の終りまで、私達人間に愛を注ぐお方として一貫して記録されています。この様にして私達は神様から愛を受けているのです。今日から始まる一週間も、それを体験出来る一週間となります様に。(要約)

2017年5月7日日曜日

先週(4/30)の講壇


二つのものを一つに」             エペソ人への手紙21122

 豊山 カヨ 牧師

 パウロは牢獄の中で祈り教会を通して現される神様の栄光と、信じてクリスチャンになる事の素晴らしさ、またその一人一人が教会となる事と、神様の驚く程の計画がある事を知らされエペソに手紙を書きました。この手紙が書かれた当時ユダヤ人は、異邦人は神様の約束の契約から除外された人だと思っていました。自分達だけが神様に選ばれた神の民だと思っていたのです。それでユダヤ人達は異邦人達に無割礼の人達と言って判断し差別していたのです。
 パウロはこの事は正しくない事だとあらわにします。この世の基準によって他の人を評価し差別してはいけない事だと言っているのです。神様はイエス様を送って下さりユダヤ人と異邦人の間にあった敵対感と差別の隔ての壁を破壊されました。達異邦人は神様の愛によってキリストの十字架を通して人の手によらずいをけ、契約るようになりユダヤつになったのです。そして二つのものを一つとし平和にされました。
 お互いに愛し合う事、赦し合う、一つとなって集まる事は御霊の働きであり、十字架による神様のお働きです。サタンの最もよく用いる武器は不和です。平和を壊し平和をもたらす人ではなく不和をもたらす人にならせるのです。もめ合ったり、分裂させたり赦せなかったりする訳です。私達は分別の目が開かれなかったら騙され続ける人生を歩むしかありません。
 このエペソ人への手紙が書かれた時はユダヤ人と異邦人が一つとなる事でした。今は家庭が、教会が一つとなる事、それぞれの心の深い所にこの事が起こる事です。人を裁き、分裂や憎しみを持ったまま一生涯を送る訳にはいきません。古い自分は十字架で死に復活の力によって多くの人を抱き、イエス様のいのちによって生きる人だけがどのような状況にいる人とも一つになれるピースメーカーになれます。この事が私達一人一人になりますように。(要約)