2017年10月1日日曜日

先週(9/24)の講壇


新しい人を身に着ける」      エペソ人への手紙41724

 豊山 カヨ 牧師

 私達がイエス様を信じなかった時、それを異邦人であった時を言いますが、その事を「古い人」と言って、パウロは古い人の状態や、その歩む姿に対して説明し、この様な生き方をしない様に勧めています。
 異邦人、即ち、信じない人の特徴として、彼らは「虚しい心で歩んでいる」と言っていますが、これは「目標がない」「歩む方向を知らない」という意味があり、「その知性において暗くなり、彼らの内にある無知」のゆえに霊的に無知な結果として現れます。虚しさから無知、無知から神を知る事が出来ず、神様を離れて放蕩に生きるしかない、まるでリスが回す車輪の様に同じ所をぐるぐる回る人生を歩むしかないのです。
 しかし、イエス様がご自身の命を掛けて十字架で犠牲となり、私達を罪から救う為に死んで下さったという値なしの大いなる恵みによって、「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」クリスチャンの生き方は離れる事と従う事の連続です。罪から離れ、真理の中で清められつつ従う事です。
 イエス様は聖霊の力によって変わる事が出来る全ての道を開いて下さいました。どんな事であっても私達は人を変える事も、自ら変わる事もできない弱いものです。ただ主だけがお出来になります。その主に絶えず学んで、委ねつつ、従う力を頂いて歩む幸いが、新しい人を身に着けた皆様の上に豊かに望まれます様に願いつつ。(要約)