2017年5月28日日曜日

先週(5/21)の講壇


罪は憎むが人は愛する主」    創世記31621

 綾 康輔 牧師

 アダムとエバによって人類に罪が入って来て以来、この地上にいる限りは常に罪との戦いの連続です。聖書もその事ははっきりと語っています。御霊の思いと肉の思い(罪の性質)とは、決して相いれない事を明らかにしています。
 旧約聖書の中では、神様の聖さと厳しさが如実に表されています。そして、アダムとエバ以来の罪に対しては、神様は徹底的に憎まれ、聖絶と言う神様の裁きが徹底的になされると言う厳しい面も旧約聖書は赤裸々に記録しています。
 しかし、アダムとエバに対して皮の衣を着せられた神様は、動物の血が流される方法を通して、罪に対する解決方法を示されたのです。それは、新約時代になされるイエス様の十字架での血を象徴していたのです。そこに神様が罪を忌み嫌われるが、人を愛される姿が現されているのです。
 私達は、聖書をある所だけを偏って見る事を避けなければなりません。罪に対して厳しい面と、イエス様の十字架に現わされた愛の神様の、両方を捉えて読んでいく必要があるのです。今日から始まる一週間もその神様を覚えましょう。 (要約)