2025年8月26日火曜日

先週(8/24)の講壇

「憤りを覚えるイエス」 

ヨハネの福音書11章32〜42

 彼らの心にある不信仰を見て嘆かれたのです。その前にイエス様は「信じるなら神の栄光を見る。」と明らかにされていたからです。彼らはイエス様の語る御言葉を信じる事が出来ずにいたのです。
 私達も御言葉が信じられない事が多いと思います。しかし、神様がなされる魂の救いと言う「奇蹟」を体験しているのです。正に聖書に登場してくる「奇蹟」そのものです。それ故に他の奇蹟をも体験する事が出来るのです。(要約)

先週(8/17)の講壇

「霊的戦い」 

ルカの福音書11章8〜14、20〜22、34〜36

 聞くのはその霊的環境の中に入ることですが、見るのは霊的門を開きます。聖書は、自分の体の明かりは目だと言っています。霊に対する象徴です。だから見ることを注意することです。「個人的においてのさらなる具体的な戦い」と言えます。③話すこと:これは祈りです。
 さらに強い方、聖霊様が来られる時、霊的戦いに勝つことが出来ます。この語ることを通して私たちが霊的戦いをするようになります。霊の世界で語る言葉には力があります。私たちは肯定的な言葉を言いましょう!(要約)

2025年8月11日月曜日

先週(8/10)の講壇

「イエスの神性」 

ヨハネの福音書10章31〜38

 そこでイエスは自らが父なる神の御心を行っている事を強調されました。そして父なる神とイエスが三位一体の主である事を明らかにされたのです。
 この様にしてイエスを偉人の一人くらいにしか思えない人は救いから遠ざかっていると言えるのです。そこで聖霊様の助けと導きによってイエスが救い主であると信じる様にして頂く必要があるのです。(要約)

2025年8月5日火曜日

先週(8/3)の講壇

「良い牧者イエス」 

ヨハネの福音書10章11〜18

 そうする事が私達にとって最も安全で安心だからです。その様に歩む時に私達はたとえどんな境遇にあっても揺れ動く事なく歩む事が出来るのです。
 そして今度は私達が安全・安心の囲いの外にいる迷える羊達を囲いの中に誘う必要があるのです。一人でも多くのヴィップが安全・安心の囲いの中で憩う事が出来る様に力を頂き歩みましょう!(要約)

先週(7/27)の講壇

「霊的戦い」 

ルカの福音書11章1,8〜14,20〜22,32〜36

 神様の霊だけではなくこの世の霊があるのです。霊とは結局渇望の話です。霊が私たちの内に臨むと何かに対して渇望を起こします。この世の霊と呼ばわる理由は、世にある何かに渇望を起こすと言うことです。
 霊的戦いと言うのは、究極的に渇望に対する戦いです。私たちが何を渇望するかに対する戦いであります。強いものをもっと強いものが来て縛り上げる。霊的戦いは聖霊様がなさいますが私達の体を用いて霊的世界に影響力を及ぼす事が出来ます。聞く事、見る事、話すこと、施すなどです。(要約)

先週(7/20)の講壇

「神の声を聞く」 

サムエル記第一3章1〜10

 サムエルは士師としてイスラエルを裁きました。その歩みはいつも主と共に歩み、主との交わりを何よりも優先していました。それゆえに彼は神様の御声を聞く歩みが出来ました。その信仰姿勢は母ハンナから受け継いだ部分もあったのです。
 私達も神様との交わりを深めていくときに神様の御心を知り、行うことが出来るのです。そのためには毎日1日の初めの時間を主に捧げて交わりをするデヴォーションの歩みを習慣付けましょう。(要約)

2025年7月15日火曜日

先週(7/13)の講壇

「逆転を経て神のご栄光」 

ヨハネの福音書9章1〜7

 しかしイエス様はその様なものではなく神の栄光が現されるためであると語られました。そして、イエス様はその人に唾で作った泥を目に塗りシロアムの池で目を洗う様に命じられました。
 その通りにしたその人は目が見える様になる奇跡を体験したのです。イエス様のご命令に従ったからです。そして、私達も同様にイエス様の御言葉に従う時に様々な逆境の時にも逆転の御業を体験する事が出来るのです。(要約)

2025年7月9日水曜日

先週(7/6)の講壇

「真理は自由にする」 

ヨハネの福音書8章31〜38

 更にユダヤ人達が先祖からの律法に関する教えを守って来た事は認めた上で、それはあくまで肉の父から聞いた事であるがご自身は父なる神様のもとで見た事を語っている事を強調されました。
 これはイエス様ご自身が父なる神様から遣わされたお方であり、イエス様を通してでしか父なる神様の下に行く事が出来ない事を語られたのです。私達もイエス様を通して真の自由を味わう事が出来る恵みの中に入れられたのです。(要約)

2025年7月1日火曜日

先週(6/29)の講壇

「②霊は魂と肉を支配する」 

コリント人への手紙第一2章12〜16

 五つの感覚五感:①視覚②聴覚③嗅覚④味覚⑤触覚です。この世の霊は強盗であり、抑圧し、奪い、強奪します。楽しい感情となり支配されてしまいます。聖書は悪魔に機会を与えないよう、もっと強い方聖霊様に頼るようにと言っています。霊が解放され霊によって生きるとき正常なクリスチャンになれます。
 私達は神様以外の何かの働きがある事を覚えたいのです。同じ人から二つの働き、御心を行う時と自分中心的、悪魔の働きがあるのです。だから私達は目を覚まして祈る事が必要なのです。(要約)

2025年6月23日月曜日

先週(6/22)の講壇

「キリストの光」 

ヨハネの福音書8章12〜18

 その中でイエス様は人々にその事を話すと彼らはイエス様の語る事に対して反論を繰り返します。イエス様をただの人としてしか見ていないため、イエス様の語る事は全て信ぴょう性がないと言う理論でした。
 しかし、イエス様は父なる神様と同一の神である事を語られました。そして、旧約の教えを引用しつつ彼らを論破されました。それでも納得がいかないパリサイ人達は続けて反論しました。私達はキリストの「光」を反射させる歩みを通して目には見えない神様をこの世に示していくために造られ生かされているのです。(要約)