綾 康輔 牧師
死んだラザロを甦らせたイエスの消息は、ユダヤの中に話題を起こしました。その中でイエスがエルサレムに来られると言う噂を聞き、多くの者達が奇跡を行ったヒーローとしてのイエスを迎えに外に出ました。そして、棕櫚の葉を手に取り「ホサナ(万歳)!」と叫びながら熱狂的にイエスを歓迎しました。
しかし、その群集達の歓迎はイエスに対する正しい知識から来るものではなく、ローマの圧政の解放を与えるメシヤ程度の理解でしかなかったのです。ですから、その群集達もイエスと言う人物がその様に自分達が期待していた対象ではないと言う事が分かると、イエスを十字架に付けろと叫ぶ者へと急変していたのです。
確かに群集が期待していたメシヤではなかったのですが、しかし、イエスはローマの圧政からの解放どころか、永遠の命を与え、罪と死の原理から解放して下さるメシヤだったのです。そこに人間の期待値と神様のご計画には天と地ほどの差があったのです。正にイエス様は人類すべての為に父なる神様から遣わされたのです。(要旨)