2026年3月1日日曜日

先週(3/1)の講壇

「最後の御業」 

ヨハネの福音書19章14〜22

 それは全て父なる神様の悲願であった十字架による全人類の救いのため、また私達を愛するが故の御業だったのです。その様にして大きな犠牲を払って私達をサタンの手より救い出してくださったのです。

レントの時、更に限りなく大きな神様の愛とイエス様の犠牲の十字架の御業を覚えて、その恵みを分かち合っていくお互いとなる事が出来る様にイエス様の御名によって祝福致します。(要約)

先週(2/22)の講壇

「突然、天からの光が」 

使徒の働き9章3〜7

 パウロがダマスコに行った時突然、天が開きました。天からの光が彼の周りを照らしたとあります。これは、他の時空間がこの中に入って来たという事です。クロノスの時空間の中では起きない事が起きたのです。
 臨在に続いて神様の御言葉が与えられ使命を受けたり、色々な事、忘れる事も出来ない、消す事も出来ない、神様、使命が与えられたりするわけです。また、慰めと励ましがあります。信仰をもって願い祈りましょう!(要約)

2026年2月15日日曜日

先週(2/15)の講壇

「ピラトによる尋問」 

ヨハネの福音書18章33〜40

 そんなピラとはイエスに対して「あなたはユダヤの王なのか?」、「あなたは何をしたのか?」、「真理とは何なのか?」と問いました。それは、正にイエス様ご自身だったのです。
 ピラトがイエスの無罪判決を下したにも関わらず群衆はバラバを赦免しイエスを十字架に付けろとわめき叫び、ピラトも暴動が起きるのを恐れて民達の意見を聞くしかありませんでした。そして人類救出の神様のご計画である十字架が実現に至ったのです。神様の私達に対する救いの熱心に感謝しましょう!(要約)

2026年2月10日火曜日

先週(2/8)の講壇

「ナザレ人イエス」 

ヨハネの福音書18章1〜11

 そして御言葉に預言されていた通りに、捕らえようとする者達によって「ナザレ人イエス」と言う言葉を誘導するかの様に「だれを捜しているのか。」と彼らに問われました。
 更にはイエス様が十字架に架けられる過程で誰一人被害が被ることのないようにとの預言も成就するために、ペテロによって右耳を切り落とされたマルコスの耳をイエス様は癒されました。全ては預言通りになされていったのです。(要約)

2026年2月1日日曜日

先週(2/1)の講壇

「人類に対する神の愛」 

ヨハネの福音書17章20〜26

 それは、分け隔てする事なく同様に神様の恵みを注ぐ神様の慈しみと憐れみが表されているのです。そしてそれは神様の大きな愛を元にしたものである事が分かるのです。
 神様はその様な大きな愛を持って私達に十字架の御業を通して更にそれを示して下さったのです。そして、今度はその様な愛で愛されている私達がお互いに愛する様にと願っておられるのです。その様にする事で、私達がイエスの弟子である事を示す事が出来るのです。(要約)

2026年1月27日火曜日

先週(1/25)の講壇

「エゼキエルが見た幻」 

エゼキエル書1章1〜3

 神様がここにおられると言う事がどの様な方式によってか感じるのです。「神様がここにおられます」と言うのを私達の霊が自覚します。人によって経験が少しずつ違うかもしれません。神の臨在が望まれ、天が開かれると、神様の御言葉に対面します。神様と出会う最も確かで安全な道は、御言葉です。御言葉は単なる文章ではなく、生きておられる神ご自身との出会いの場です。
 何よりも喜び楽しみ、生きる目的を与えて下さいます。また生きておられる神様を証する器へと導かれていきます。その事によって主の栄光のために用いられる証が絶えない皆さんとなります様に。(要約)

2026年1月19日月曜日

先週(1/18)の講壇

「キリストの執り成し」 

ヨハネの福音書17章11〜15

 しかし弟子達の中にはイエス様を裏切る行為をしたユダがいたのです。そしてイエス様を銀貨30枚で売り、自らの命を絶ってしまったのです。その後にはくじによってマッテヤが13番目の使徒として選ばれました。
 この世にあっては残された弟子達の上に苦難が待ち受けていたのをご存知であったイエス様は、彼らが苦難の世を去って御国に入ることではなく、敢えてその様な苦難を通して更に大きな喜びと感謝に満たされる様に父なる神様にいのり求めました。それは、今生かされているクリスチャンも全く同じ事なのです。(要約)

2026年1月11日日曜日

先週(1/11)の講壇

「すでに世に勝ちました」 

ヨハネの福音書16章29〜33

 しかし弟子達は旧約の預言通りに散り散りになっていく事を預言されました。その様にして地上においてはキリストの御名の故に苦しみを受けますが、その中でもイエス様の十字架での勝利に与る事が出来るのです。
 そのためにももう一度サタンの陣地にクリスチャン達を引き摺り下ろす機会を狙っているサタンに立ち向かう必要があるのです。その時にサタンは尻尾を巻いて逃げ去るのです。それがイエス様の十字架の勝利なのです。私達もその事を信仰によって受け止め、勝利の凱旋の行列に加わりましょう。(要約)

2026年1月4日日曜日

先週(1/4)の講壇

「真理の御霊」 

ヨハネの福音書16章13〜16

 その他、イエスキリストを信じる者達を「真理」へと導いて下さるのです。そしてイエス様が昇天される事で、地上における福音宣教の働きは教会(建物ではない)に委ねられたのです。
 それ故に教会が存在しているのは、教会を通してイエス様が地上で継続されたであろう福音宣教を推進するためなのです。そのためにも聖霊が信じる者に降る必要があったのです。更にキリストの再臨の時までそれは続けられるのです。そのために尊く用いられる一人一人、教会となる事を主は願っておられるのです。(要約)

先週(12/28)の講壇

「ヤコブが見た夢」 

創世記28章10〜19

 反面クロノスの時空間は、意味なく流れていく時間です。ヤコブはカイロスの時空間にあるべき神様のみ使いがクロノスの時空間に浸透される夢を見ました。これを見てこの様に告白します。「ここは天の門だ。」と。そこを普通の場所ではないなと思ったわけです!ここは神様の家であり、神様がおられる所、霊的世界、カイロスの時空間であり、その時空間がここに入ってくる門は私たちであると言っています。
 天の門はいつ開きますか!渇望する時開きます。聖さがあるときです。また信仰は天の窓を開くカギなのです。(要約)