忍ヶ丘キリスト教会ブログ
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2026年4月27日月曜日
2026年4月19日日曜日
先週(4/19)の講壇
「イエス様を慕い求める」
ヨハネの福音書21章3〜11節
夜通し漁をしても一匹も捕れませんでした。そんな中意気消沈していた所に岸辺からイエス様が声を掛けられました。しかし、彼らはそれがイエス様と気付かなかったのです。
再び船の右側で網を下ろしなさいと言う言葉に従った時大きな魚で網が破れそうになった奇跡を味わったのです。夜通し漁をしても一匹も捕れなかった事、イエス様の意御言葉に従った時に豊漁と二度の奇跡を味わったのです。この様に、イエス様の御言葉に聞き従う時に奇跡は起こるのです。
(要約)
2026年4月13日月曜日
先週(4/12)の講壇
「見ずに信じる者の幸い」
ヨハネの福音書20章24〜31節
その後にトマスがいるところでもう再び現れました。そしてトマスが語った様にイエス様は手と足と脇腹をお見せになり「見ずに信じる者になりなさい。」と語られました。
何かトマスが不信仰の代名詞みたいな感じがしますが他の弟子達も一緒でした。また私達もその様な弱さがあります。しかし神様はそんな私達を憐れんで下さり、肉眼で見たわけではないのにイエス様を信じる信仰を与えて下さったのです。(要約)
2026年4月8日水曜日
先週(4/5)の講壇
「揺るがない事実」
ヨハネの福音書20章12〜20節
しかし今日の本文で三つの証拠が記録されています。それはご復活の主イエスご自身がマリアに現れた事。そしてその他の弟子達にも現れた事。最後にイエス様が手足に釘を打たれ、脇腹に突かれた槍の後を見せられた事です。
イースターはこの事実を共に祝う映えある日です。これらのことを信じるのは人の知恵や理性では無理なことです。神様が与える「信仰」によってのみ可能なのです。そして生まれつきの人には備わっていないのです。神様が信仰を与えて下さることで初めて目に見えない事を確信する事が出来るのです。(要約)
2026年3月30日月曜日
先週(3/29)の講壇
「霊に従う人生、魂に流される人生」
エゼキエル書1章1節、列王記第一19章2〜4節
恐れが動機になって熱心に祈り、行ったりしますが恐れとカイロスは互いに両立しません。霊的歩みをしたいならば霊的活性化となるように選択をする事です。カイロスの空間の中には神様の絶対的な平安がある空間です。恐れは魂を活性化させます。私達が霊を活性化する為には恐れに注意しなければなりません。
信仰の目を開き見上げる時自分の事を諦めず、支えておられる方、どの様な状況の中でも勝利されるお方が共におられます。どうか私達の霊の目が開かれます様に。(要約)
2026年3月24日火曜日
先週(3/22)の講壇
「イエスの葬儀に際して」
ヨハネの福音書19章38〜42節
またかつてイエス様に会うために人目を避けて夜に訪ねて来たニコデモはイエス様の埋葬のために没薬と沈香(じんこう)を混ぜ合わせたものを持って来ました。
そしてイエス様の遺体は亜麻布にくるんで岩を掘って作られた墓に葬られました。それはイエス様の誕生の時に亜麻布で巻かれて飼い葉桶に寝かせられた事で予表されていたのです。(要約)
2026年3月15日日曜日
先週(3/15)の講壇
「徹底した御言葉の成就」
ヨハネの福音書19章31〜37節
それ故にイエス様の脚を折って致命傷を与える必要がなかったのです。これは正に旧約の預言がなされるためのものだったのです。更に、イエス様を突き刺した者達が主を仰ぎ見ると言う預言も成就したのです。
この様にして、十字架に関わる旧約の預言は全て一字一句違わずに成就したのです。人類救出の神様のご計画はこの様にして完璧に成し遂げられたのです。ここに神様の私達に対する無限の愛が表されているのです。(要約)
2026年3月10日火曜日
先週(3/8)の講壇
「テテレスタイ(完了した)」
ヨハネの福音書19章23〜30節
イエス様が十字架に架けられた時に両極端で対照的な状況が繰り広げられていました。一方は四人の兵士によってイエス様の来ていた衣と下着をくじで分け合い、もう一方は涙し嘆き悲しんでいる女達の姿があったのです。
イエス様は母マリアに対して、ヨハネの事を「あなたの息子です。」と語られ、ヨハネには母の事を「あなたの母です。」と愛する弟子ヨハネに母を託す事を命じられたのです。それは神であられながら父母を敬う律法を守り、母に対して最大限の家族愛を表していたのです。
その様にしてイエス様は父なる神様の御心を120%成し遂げて「完了した(負債を完済したの意)。」と語られたのです。その様にして人類救済の御業が遂行されたのです。(要約)
2026年3月1日日曜日
先週(3/1)の講壇
「最後の御業」
ヨハネの福音書19章14〜22節
それは全て父なる神様の悲願であった十字架による全人類の救いのため、また私達を愛するが故の御業だったのです。その様にして大きな犠牲を払って私達をサタンの手より救い出してくださったのです。
レントの時、更に限りなく大きな神様の愛とイエス様の犠牲の十字架の御業を覚えて、その恵みを分かち合っていくお互いとなる事が出来る様にイエス様の御名によって祝福致します。(要約)
先週(2/22)の講壇
「突然、天からの光が」
使徒の働き9章3〜7節
パウロがダマスコに行った時突然、天が開きました。天からの光が彼の周りを照らしたとあります。これは、他の時空間がこの中に入って来たという事です。クロノスの時空間の中では起きない事が起きたのです。
臨在に続いて神様の御言葉が与えられ使命を受けたり、色々な事、忘れる事も出来ない、消す事も出来ない、神様、使命が与えられたりするわけです。また、慰めと励ましがあります。信仰をもって願い祈りましょう!(要約)
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