2012年9月23日日曜日

先週(9/16)の講壇







「様々な欲望シリーズNo.9(奉仕の中に潜む)」    ピリピ人への手紙1章15~18節
綾 康輔 牧師
 
パウロがこの手紙を記録した当時、不純な動機や党派心をもってキリストを宣べ伝えていた人達がいた事を記録しています。つまり、妬みや争いをもってキリストを宣べ伝えていた人達がいた事を記録しています。その事でパウロは非常に心を痛めていました。
 しかし、その様な人達が全てではなくキリストの愛をもってキリストを宣べ伝えていた人達もいた事を記録しました。その様な人達がいたからこそ、異邦の地である日本にまで福音が届けられたのです。
 パウロは先程の様に、不純な動機でキリストを宣べ伝える人達に関して、決してその様な方法を容認している訳ではないが、あらゆる方法を通してでもキリストは宣べ伝えられるべきであると言う事を強調しました。それは、イエス様の語られた、大宣教命令(マタイ28:19~20)があるが故に、パウロはそれを徹底してなされていく事を願っていたのでした。
 また奉仕と言う名目の下で様々な行いがされます。その中でも奉仕が自己実現のための手段となってはいけないのです。そして私達も先に救われ、その大宣教命令の任務が与えられている者達として、遣わされているそれぞれの所で、忠実な僕として邁進してく事が地上での最高の、かつ最大の奉仕なのです。(要旨)