2012年12月16日日曜日

先週(12/9)の講壇

「アドベント第二週目(メシヤ誕生のベツレヘム)」        ミカ書5章2節
  
綾 康輔 牧師
 
 メシヤであるイエスキリストが生まれる事は、永遠の昔からの定めでありその場所はベツレヘムです。ベツレヘムとは、ヘブル語で“パンの家”と言う意味を持った合成語です。ベツレヘムが“パンの家”と呼ばれるのは、正にメシヤとしてのイエスキリストが語られた様に、「私はいのちのパンである」と語られた事と密接に関係していると言えます。
 つまり、飢えている者にパンを与える様に、我々人類にパンを与えて下さるお方であるからです。イエスキリストは自らを無にして、ご自分を人々にお与えになりました。その集大成があの十字架です。その十字架を通して、我々に永遠の命を与えて下さったのです。
 更に、ベツレヘムは命の水が溢れ出る源でもあったのです。それも、やはりイエス様がサマリヤの女に“生けるいのちの水”をお与えになった事からも象徴されていました。更に、イエスキリストの誕生の時に天の軍勢と御使いたちが、野宿をして番をしていた牧者たちに現れたのです。そして、天の軍勢と御使いたちの壮大な賛美が繰り広げられたのです。
 その光景を見ていた牧者たちは、普段から人々に相手にされていない彼らにとっては、その光景を見せられたのは、大きな励ましと慰めになった事でしょう。我々の心の中にも訪れて下さるイエス様の遜った姿が映し出されているのです。 (要旨)