2013年4月21日日曜日

先週(4/14)の講壇



「主の山に備えあり」      使徒の働き9章21~28節
綾 康輔 牧師

  サウロはイエスキリストを迫害する冷徹で残酷な人物でした。しかし、活ける復活の主キリストに出会ってからは、それこそ「目からうろこが落ちた」事を経験し、それを機に今度はイエスキリストが救い主である事を宣べ伝えていく者へと一変していきました。
 
 そして、ユダヤ人達をうろたえさせる程、大胆にキリストを宣べ伝えたのです。そして、今度はあろう事か今まで自分が迫害する立場にあったサウロが、自分が迫害にあう立場になってしまったのです。そして、サウロを殺そうとするユダヤ人達が町中で、彼を探し回る様になったのです。
 そして、その陰謀がサウロ自身の耳に届けられ、彼の弟子達を通して城壁伝えに籠を用いてつり降ろし、彼は命辛々エルサレムまで逃げる事が出来たのです。そして、エルサレムにおいては最初は、弟子達に受け入れてもらう事が出来なかったものの、バルナバを通して彼らにも受け入れられる様になりました。そして、エルサレムの弟子達とも、良い連係プレーを取り更に大胆にキリストを宣べ伝える事が出来る様になったのです。
 これらの助けは神様が与えられた助けの御手の現れでした。神様は私達の必要をご存じであられ、それに相応しいものを備えて下さる、アドナイ・イルエ(主は備えたもう)の神なのです。私達も、それぞれの持ち場、立場の中にあって、アドナイ・イルエなる神様を体験していきたいものです。(要旨)