2012年6月15日金曜日

先週(6/3)の講壇

 「富の惑わしシリーズNo.7(何を貪るか?)」       ルカの福音書10:38~42
綾 康輔 牧師

 今日の本文を見ると、マルタとマリヤの姉妹は正反対の姿が描かれています。姉であるマルタはイエス様をもてなす事に全神経を集中していました。しかし、そのあまり、もてなす事に一切の関心を持っておらず、イエス様の足元に座り御言葉に聞き入っていた妹のマリヤに対して、不満が募りました。そして、ついに見るに見かねずイエス様に訴えます。
 しかし、イエス様はマリヤの良い点をマルタにも学んで欲しい一念でマルタに諭されます。マルタは神様の御言葉を聞く事が普段の生活の中でなされていない事を指摘されたのです。私達も何かをする事に集中するが余り、大切な事を見失う事があります。
 私達が学校に、家庭に、職場に遣わされているのは、ただ単に学ぶため、生活する為だけに遣わされているのではありません。それらの事を通して「地の塩・世の光」としての働きを任されているのです。もし私達が富にだけ目を向けていたのでは、決してその様な歩みは出来ません。その目的を果たす為には御言葉を通して、更に神様の御心を訪ね求めて行く必要があるのです。
 富に対する貪欲を持つのではなく、神様の御言葉に対して貪欲になって御言葉から神様の御声を聞きたいものです。(要旨)