「ステパノの最期」 使徒の働き7章52~60節
綾 康輔 牧師
ステパノはギリシャ系のユダヤ人であったので、ユダヤ人としてのプライドも持ち合わせていた人物であったと推測されます。それ故に、自分達の同胞を目の前にして、「私達の父祖」と語っている所もあるのです。
しかし、ステパノは目の前にいる同胞と全く同じではありませんでした。それは、ユダヤ人の血筋を誇って終わりではなく、心と耳に割礼を受けた者として、つまり聖霊によって新生すると言う点においては、彼らとは違う点を持っていた事です。そして、それはステパノにとっては、ユダヤ人の血筋である事よりも、もっと価値がある事を知っていたのです。それで、彼は目の前にいる、律法を受けたにも関わらず、それを行っていない同胞達を責めたのです。そして、それは同胞から殺意を抱かれる程のきつい責め方をしました。
それによって、ステパノは殉教してしまう事になってしまいました。しかし、それは決して無駄な事ではなかったのです。それを通して後にサウロが生けるキリストに出会い、その歩みが全く変えられて世界に福音が伝えられる為に、大きく用いられていったのです。その為の殉教であったと言っても過言ではありませんでした。その様にして、ステパノは神様の御心を全うして、眠りに着いたのです。私達も、ステパノに習って聖霊に満たされた歩みをしていきたいと思います。(要旨)