「本質を見抜かれるイエス様」 マタイの福音書5章21~26節
綾 康輔 牧師
山上の垂訓として知られるイエス様のメッセージの中で、「殺してはならない」と言う十戒の中の第六戒について触れました。そして、それは実際に人を殺さないまでも、心の中で抱いた事、言葉で相手に対してののしる事も、殺人と同じ様な罪である事を強調されました。それは、殺人の本質である事をイエス様が見抜いておられたと言う事です。人の前では取り繕う事も出来ますが、神様の前にはその様な事は意味がない事を知ります。それ故に私達人間関係の中にあっても、お互いに真心からお互いに仕え合い、支え合っていく事が大切なのです。その意味からも、私達の人間関係の誠実さが大切であり、それはやがて神様との関係の中にも影響を与えて行くのです。
イエス様の十字架は私達と神様の関係にあって、和解を成し遂げて下さった大きな恵みです。その為に私達がした事は何一つありません。その様な大きな恵みを受けた私達も、また互いに正しい関係へと導かれる必要があるのです。それには、具体的な行動が伴わなければなりません。聖霊様に助けと力を頂き、実践して参りましょう。(要旨)