2015年4月26日日曜日

先週(4/19)の講壇


「霊肉共に満たしを与える命の水」       ヨハネの福音書4章6~15節

 綾 康輔 牧師

イエス様はサマリヤの女の飢え渇いている歩みをご存じで、ユダヤからガリラヤに向かわれる時に、サマリヤを通られました。普通のユダヤ人であれば、サマリヤを迂回してでも避けて通る所ですが、イエス様はサマリヤの女を救いに導く為にそこを通られ、ヤコブの井戸の所で待たれたのです。
 そして、イエス様はサマリヤの女に、「生ける命の水」を勧められ、彼女もまたそれを求める様になりました。そして、彼女は聖霊の恵みを受ける事のなるのです。私達も、教会の外に出ると「飢え渇いた魂」がたくさんいる事を知るのです。その様な人々に「生ける命の水」がある事を紹介できれば、多くの飢え渇いた魂が潤うのです。
 その為にも、まず私達がその醍醐味を味わう事が大切です。私達も時には、霊肉共に飢え渇く事があるのです。その時毎に、聖霊様によって、その飢え渇きを満たして頂き、更に神様の愛で心が満たされるのです。それが、内側から湧き出る泉となるのです。(要旨)