「へりくだられた王なる救い主」 イザヤ書11章1-2節
綾 康輔 牧師
アドベントの第二週目に入りました。今日は、2,700年も前から預言されていたメシヤ(救い主)の到来を神様から幻を見せられ、民達に語ったイザヤの預言が本文になっています。それは、決して人間の作り話や知恵でなされたものではなく、神様の知恵によっていたのです。
また、その預言がイスラエルの第二代目の王、ダビデの父親であるエッサイの名前を通して記録されたのです。これは、ダビデの父としては息子にゆずりの地として与えるものもなかった事を表しています。そして、その様な家庭で育ったダビデを強調しているのです。
それは、正に劣悪な環境にへりくだった姿を通して来られた、メシヤなるイエス・キリストを表しているのです。そのお方は霊なるお方であり、父なる神様の知恵と力を兼ね備えたお方なのです。そこにイエス・キリストのへりくだる姿が映し出されているのです。
この世にある様々な宗教の中には、この様な教祖はひとりもないのです。王として来られ同時にへりくだられたメシヤなるイエス・キリストは私達に永遠の命と、平安と喜びを与えて下さるのです。(要旨)