2016年2月7日日曜日

先週(1/31)の講壇


「祈りつつ従う恵み」     創世記221519節 

豊山 カヨ 牧師
 
 アブラハムが神ったのは、「あなたの子、あなたの愛しているひとり子を連れてモリヤの地に行きなさい。そしてわたしがあなたに示す一つの山の上でひとり子イサクをいけにえとしてわたしに捧げなさい。」と言われた神の言葉にしてでした。そして徹底的にったのです。
 試みられ良しとされる神はアブラハムに「今、わたしはあなたが神を恐れる事がよくわかった。」とおをかけて下さいました。そして本文の言葉で祝福して下さいました。
 リバイバルと言う約束は私達自身は勿論、家庭やに必要な事です。主が約束して下さったものです。この約束を受ける為には祈る事がとても大事ですが、もう一つう事も大切です。
 弟子たちは、イエスが弟子達に命じられた「エルサレムを離れないでわたしから聞いた父の約束を待ちなさい。」の言葉を信じ、集まり祈っていて聖たされる経験をします。
 カナンの婚の宴でも水がぶどう酒にわった奇跡をイエスがされた時、水汲みのしもべ達はどの様にしてこの事が起こったのかを分かっていました。
 祈らない、わない人は神の御業が起こったとしても、自分の事として経験する事が出ません。それによって及ぼす影響は大きな差があります。祈りつつう事を通して私達にも神からおをかけて頂きたいです。そしてアブラハムの約束を自分のものにしたいです。(要旨)