2018年3月22日木曜日

先週(3/11)の講壇


「聖餐式を覚えて」    マタイの福音書262628


 綾 康輔 牧師

 

聖餐式は私達の教会では月に一度行う儀式ですが、これはそもそもユダヤの過ぎ越しの祭りに起源を置いています。家の鴨居に羊の血を塗る事で、その家には神様の怒りが過ぎ去り、長子が殺されなくても済むのが過ぎ越しの祭りの始まりです。また、同時にイスラエルの民達がエジプトの奴隷生活から解放された事も含めて祝うのです。それは、現代の私達が罪と死の縄目から解放された事を象徴しています。
 更に、神様の愛とイエス様の十字架の犠牲の御業を覚える為に、私達が忘れる事のない様に、主ご自身が遺言として語られたのが聖餐式です。イエス様の割かれた御体を象徴するパンと、流された血潮を象徴するぶどう酒を通して、それを想起させて下さるのです。過ぎ越しの祭りで食べるパンは種なしのパンです。即ち、膨らまし粉の入れないパンです。ここで種は「罪」を現しています。イエス様だけが罪のない生贄となって下さったのです。それを覚えて神様の感謝と賛美を捧げて歩むお互いとなりたいものです。(要約)