2024年10月4日金曜日

先週(9/29)の講壇

「無感覚と無気力と無関心」 

ゼカリヤ書4章1〜7


 ゼカリヤの眠りから覚まされた様子を通して無気力について前回分かち合いましたが本当の福音に触れられる時、どのような形かは分かりませんが現実に打ち勝つ形で現れます。

福音は福音、世は世、教会は教会、仕事は仕事としてそれを分離して考えるなら、合理的なキリスト教にしてしまいます。その時起る事は、無感覚と無気力と無関心です。そうなると、超自然的な事と自然的な事を分けます。可能な事と、不可能な事を分けます。自分が出来る事と、出来ない事を分けます。それで福音で出来る事、自然的な事、可能な事というその中に限定して考えるのです。人間の業となる訳です。 

 目標は良い人になる事ではなく私達を通じて聖霊様がこの地の上に現れ流れていく事です。聖霊様の働きによって自分の力を飛び越す事が出来るのです。(要約)