綾 康輔牧師
十戒の中の第八戒として、「盗んではならない」とあります。この戒めは私達が幼い頃から、両親や先生に聞かされた戒めではないでしょうか。そして、同時にそれに関わる大小様々な失敗を経験した人も多いと思います。
第八戒の「盗んではならない」と言う短い御言葉の他にも、今日の本文が記録されている事に注目していきたいと思います。本文の前半では「盗んでいる者は、もう盗んではいけません。」と戒めています。これは、どちらかと言うと「~してはいけない。」と言う消極的な戒めであると言えます。それに対して、後半では「困っている人に施しをするために、骨折って働きなさい。」と語っています。 これは、前半の消極的な戒めに対して、非常に積極的な戒めです。しかも、前半は何も神様を知らない人でも守ろうとし、守っている事です。ですから、それを犯した時には何らかの処罰が伴うのです。しかし、後半は神様を知らない人は決して出来る事ではありません。
盗んではならないと言う戒めの中には、この様なもっと深い意味が込められていたのです。更に、十分の一献金も聖書の勧めている事です。ある人は旧約時代の教えだから、新約の時代の今は関係ないと反論する人もいます。しかし、十分の一献金が神様に対する信仰告白の一つであると理解するならば、それは時代に左右されずになされる事であると言えるのです。
お金だけではなく、健康も、家族も全てのものは、神様から与えられたものです。それを神様の為に用いて行くのが、「盗んではならない」と言う戒めを守る一番の方法だと言えるのです。(要旨)